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いわゆる「従軍慰安婦」について市議会で論戦

  • 鋪田博紀

9月15日(火)に9月議会の一般質問が終了しました。最終日、共産党からの質問で、いわゆる「従軍慰安婦」について取り上げられましたが、先日新聞でも取り上げられた、ある団体がフォルツァ総曲輪で「戦争と女性の人権を考える集い」を計画し後援名義使用申請を上げて許可されたのに、突然使許可が取り消されたという件に関連しての質問だったようです。

富山市:「人権を考える集い」後援取り消し 実行委が質問状と抗議文 /富山 - 毎日jp(毎日新聞)

 富山市で今月8日に開かれた「戦争と女性の人権を考える集い」の後援を、同市が開催3日前になって「市長の政治信条に合わない」などとして取り消した問題で、実行委員会の堀江節子代表(61)らは24日、市に対し公開質問状と抗議文を提出し、経緯や理由を説明するよう求めた。

 抗議文では、▽市長という公人の立場でするべき判断を私人として行った▽特定の団体の抗議に屈したことは明らかで思想、表現、集会の自由を脅かす--などと批判。質問に9月10日までに回答するよう求めた。

 松山邦彦市民生活相談課長は「公開質問状には回答しないことになっており、趣旨を市長に伝える」と応じるにとどまった。

質問の通告を見ると、"日本軍「慰安婦」問題の解決"となっていました。詳しくはわかりませんが、この集会がいわゆる「従軍慰安婦」に関するものだったようで、政府に対して問題の解決を求めることと、後援名義使用申請についての対応を質した内容でした。

これに対して、市長は...

慰安婦については、「当時、管理売春は合法であり公娼制度もあった。戦地では慰安所もあった。一方で、悪質な業者により過酷な労働が強いられたりしたことはあっただろう。こういう行為は許せないし、お見舞い申し上げる。軍による強制連行があった資料はいまだ発見されていない。よって、いわゆる『従軍慰安婦』は存在しない立場。」という趣旨の答弁でした。

また、後援名義使用申請については、「対立する意見があるものについて、行政としてどちらか一方に与することはできないので、取り消しは正当である」という趣旨の答弁でした。

市長も答弁で触れていましたが、「従軍慰安婦」という言葉は、朝日新聞の植田隆記者により広められました。元になった証拠のひとつは、吉田清治という元陸軍軍人の著書でしたが、吉田氏自身がこれらの著作はフィクションと認めています。

しかし、平成5年に当時河野洋平官房長官がいわゆる「河野談話」で「慰安婦」に対する「軍の関与」や「強制性」を認めたものの「強制連行」を立証する資料は無い中、韓国側に配慮した政治判断・妥協の産物でした。

「教科書問題」とも酷似しているわけですが、冷静な論議が困難な事例の典型であり、結果(仮説)が絶対であり、そのもとに双方がやりあうという不幸なパターンです。丁寧な検証をしていかないと日本にとっても韓国にとってもいいことは何もありません。

人類普遍の価値観と信じられている「人道」「人権」は日本にとって遅れてやってきた黒船なのかもしれません。今では先進国の多くで共有しているキーワードですが、本当に共有し理解できているかは疑問です。ましてや、現代ですら本当は共有など出来ていないかもしれないことをベースに、過去を語り、裁くことはたいへん困難な作業です。

後援申請の取り消しについて主催者は、「在日特権を許さない市民の会」の圧力に屈したものとしていますが、定かではありません。一般的には内容の審査はほとんどなされないものと理解をしていますが、内容に偏りがることが判明すれば市長の答弁通り、申請を受け付けないか取り消すことはあるのでしょう。ただし、ここが裁量の難しい部分です。

ただし、ある特定のイデオロギーに基づく主張(私には、イデオロギー抜きに純粋に歴史を見直して女性の人権を守るという活動には感じられませんでした)をするイベントについて市の後援を求めるというのは矛盾した姿勢なのではないでしょうか?行政の後援すなわち一定のお墨付きを得たいとするのは運動として正しいのか?少し疑問に思いました。

なお、市はフォルツァ総曲輪の貸出しそのものを拒否したわけではないので、その点は評価してよいと思います。テロなどの反社会的活動をしていない限りは言論の自由を奪ってはならないからです。

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